熱処理でヤング係数は変化するのか|設計サプリNO,30
[掲載日]2023.08.16設計者のみなさま、いつもお世話になっております。
株式会社ナカサ見積り担当です。
弊社では、私たちが見積りする中で経験したコストダウンに関する情報を「設計サプリ」と題してご紹介させていただきます。
第30回目は「熱処理でヤング係数は変化するのか」です。
設計者のみなさまは、ヤング係数とは何か知っていますでしょうか。
構造力学を勉強すると必ず出てくるヤング係数ですが、よくわからない方もおられると思います。
今回は、公設試験研究機関(産業技術センター)にて曲げ試験をする機会がありましたので、その中からヤング係数の知識を深めてもらうために、ヤング係数と熱処理に関する実験結果を紹介します。
ヤング係数とは
ヤング係数とは、材料の硬さを表す指標の一つで、ヤング率や縦弾性係数とも呼びます。
単位はGPaまたはN/mm^2です。
構造力学を勉強すると必ず出てくる「梁のたわみの公式」δ=PL^3/48EIのEの部分です。
模式図を以下に示します。
具体的なEの値は以下のようになります。
【引用元】めっちゃ使える!機械便利帳 山田学編著 日刊工業新聞社発行
ヤング係数測定の実験
ヤング係数の測定実験を以下で紹介します。
試験片の準備
今回の実験(曲げ試験)で使用する試験片は、厚さ15㎜、幅40㎜、長さ170㎜です。
材質は機械構造用炭素鋼(S50C)を使用します。
写真のように試験片に専用の接着剤でひずみ計を貼り付けます。
ひずみ計を貼り付ける理由は、ヤング係数の算出には後述する「応力-ひずみ曲線」を作成する必要があるためです。よってひずみを測定するために貼り付けます。
曲げ試験
曲げ試験の様子は写真のように「梁のたわみの公式」の模式図とそっくりです。
上部から力を加えると変形するので、荷重に対するたわみ量とひずみ量を測定します。
曲げ荷重-たわみ曲線の作成
曲げ試験の結果より荷重とたわみの関係をグラフにします。
グラフを見ると20kNで0.5㎜程度たわみが発生していることがわかります。
応力-ひずみ曲線に変換
求めたいヤング係数Eはσ/ε(応力/ひずみ)で表されるため、上記の曲げ荷重-たわみ曲線を応力-ひずみ曲線に変換する必要があります。
応力は荷重を基に算出し、ひずみは測定した結果をそのまま使用します。
変換した結果をグラフに示します。
参考までに荷重を応力に変換する式を以下に示します。
σ=3PL/2bh^2
σ:応力(Mpa)
P:荷重(N)
L:支点間ピッチ(mm)
b:試験片の幅(mm)
h:試験片の厚さ(mm)
ヤング係数の算出
応力-ひずみ曲線が作成できましたのでヤング係数を求めていきます。
ヤング係数Eはσ/ε(応力/ひずみ)と書きましたが、グラフのどの部分で計算するかと申しますと立ち上がりの直線部分になります。
計算しますと220GPaとなりました。
この値は後述するCAEのデフォルト値に近い値です。
この値が正しいか「梁のたわみの公式」δ=PL^3/48EIを使って確認します。
20kNで0.5㎜程度たわみが発生していましたのでP=20000Nとしました。
L:145mm
E:220000N/mm^2(220GPa)
I:11250mm^4
h:15mm
b:40 mm
にて計算すると
δ=0.513mm
となり実験結果と近似しています。
応力-ひずみ曲線には弾性域と塑性域がある
グラフを見ますと、立ち上がりの直線がカーブを描いて傾きが変わっていることが分かります。
この立ち上がりの直線部分を弾性域(荷重をかけるのをやめると元に戻る)と呼び、カーブを描き始めて以降を塑性域(荷重をかけるのをやめても戻らない)と呼びます。
この弾性域と塑性域の境を降伏強度と呼びます。
(正確には0.2%永久ひずみが発生する点を降伏強度と呼びますが、この記事の中では弾性域と塑性域の境を降伏強度と呼ぶことにします)
降伏強度も調べてみました
今回の実験で得られたグラフにより降伏強度を調べてみると、528.6MPaという結果になりました。
この結果はCAEのデフォルト値や文献とは大きく違うようです。理由は後述します。
熱処理するとヤング係数は変化するのか
今回の実験では材質にS50Cを使用しましたが、熱処理した材料も同時に測定し、違いを確認しました。
S50Cの熱処理材は焼入れ焼き戻しを行い硬度HRC46の材料を使用します。
ヤング係数は変わらないが降伏強度は変わる
熱処理したS50Cと熱処理しないS50Cの曲げ試験結果を比較したグラフを以下に示します。
このグラフをみますと、弾性域の傾きは同じと言うことが分かります。
つまり 熱処理しても弾性域のたわみ量は同じです。(ヤング係数は同じ)
一方、弾性域と塑性域の境である降伏強度は大きく違うことが分かります。
熱処理することで材料が強くなっています。
この降伏強度は熱処理の条件でも変わることも知っておいてください。
CAEのデフォルト値と比較
荷重を加えたときの変形量を計算するとき、CAEを利用する場合があります。
CAEもヤング係数でたわみ量を計算し、降伏強度で安全性の判断をしています。
今回の実験で得た数値をCAEのデフォルト値と比較してみますと(表を参照)、ヤング係数はデフォルト値に対して10%程度高い数値でした。
一方、降伏強度の実験結果はCAEのデフォルト値と比較して乖離しているようです。
この理由としては、CAEや文献に記載されているデータは引張試験による値であることが考えられます。
引張試験は応力が断面に集中する試験方法に対し、曲げ試験は応力が分散してしまうため、結果として、ひずみに対し高い応力となることが考えられます。
よって今回の実験結果を利用するかは、「どのような方向から材料に荷重を加えるか」で変わりますので参考値としてご参考ください。
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【この記事を書いた人】
稲田聡(いなたさとし)
株式会社ナカサ 開発室長
ファクトリー・サイエンティスト No,00385
1966年島根県安来市生まれ
1989年からCADによる設計に従事し、当時は自動車のインパネ部品で基板やプリズムなど設計していました。
1991年から現在の会社で主に金型設計で3次元CAD/CAMを利用するようになり30年間複数のCAD/CAMと格闘した経験を持ちます。
現在はコストプラン、センサーを使ったデータ視覚化、インサイドセールスにも取り組んでいます。
【過去に書いた記事】
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